「玄関の前に盛り塩が」…義母のお節介に嫌気の差した妻の逆襲
「玄関の前に盛り塩が」…義母のお節介に嫌気の差した妻の逆襲
「おはよう、遥香」
いつもよりも少し遅く、建宏が寝室から出てきた。
台北での新生活が始まって初めての土曜日。
休日の穏やかな陽気ではあったが、遥香の気分は晴れやかとは言えない。

建宏に対して、「おはよう」と低いトーンで素っ気なく返してしまう。
「何か飲む?お茶かコーヒーか」
「ああ。じゃあ、コーヒーをもらおうかな」
建宏はトイレに向かった。
遥香は、「はぁ」とひとつ溜め息をつく。
ここ最近の麗華との遣り取りで、心身ともに疲弊してしまっていた。
カップを用意し、『CAMA COFFEE ROASTERS 豆留文青』で買っていたコーヒーを準備していると、玄関のほうから建宏の声が聞こえてきた。
「なあ、遥香。こんなところに、鏡あったっけ?」
玄関のドアから正面の位置に設置してある小さな鏡に、違和感を抱いたようだった。

「母さんが置いたのかな……」
「ううん。それ、私が置いたの」
「ええ?でも、この位置に鏡を置くのって、あんまり良くないんじゃなかったか?」
「そうなんだけど……。だって、部屋にはお義母さんのものばっかり増えて、私の好きなものが置けないから……」
「そういえば、『玄関の前に塩が置いてあった』って母さんから連絡が入ってたけど、それも遥香がやったの?」

遥香は黙って頷いた。
麗華の行動に嫌気の差した遥香は、一矢報いたいという思いが芽生えた。
インターネットで風水について検索をかけ、麗華に抵抗を示すのに相応しい行動を調べた。
にわか仕込みの風水で対抗したのだ。
ほかにも、ドライフラワーを飾ったり、未完成のジグソーパズルを置いてみたりしたものの、麗華は意に介す様子もなく片付け、排除されてしまった。

「私たちのフィギュアも捨てられそうになったんだよ?」
「だからって、自分たちの運気を下げる必要ないだろう」
「それに、私のブレスレットもなくなっちゃったんだから。きっと捨てられたんだと思う。ほら、大学のときに優実にもらって、ずっと大事に使ってたやつ」
「ああ……」
「やっぱり私、我慢できない……」
「……」
「こっちは、日本よりも家族愛が強いっていうのは聞いてたけど、合鍵使って勝手に入ってきて、ゴチャゴチャ動き回られるのはキツイよ」
2人のあいだに気まずい空気が流れたところで、インターホンが鳴った。
「あれ?母さんだ……」
モニターを覗いた建宏が、不思議そうに遥香のほうを見た。
「合鍵を使って勝手に入ってくるんじゃなかったのか?」
遥香は口を閉ざして少し沈黙したのち、真相を打ち明けた。
「私が、鍵を変えたの……」
「ええ……?」
「お義母さんが勝手に入ってくるのがもう我慢できなくて、昨日業者に依頼して、鍵を交換してもらったの」
「おいおい、そこまでする必要あるか……?」
建宏は呆れたように言うと、玄関に向かった。
そして、麗華を伴いリビングに戻ってくる。
「遥香さん。鍵を変えたって、本当?」
麗華が心配そうに遥香の表情を窺う。
「なんで?最近の遥香さん、ちょっと変よ。どうしちゃったの……」
麗華が手を伸ばして体に触れようとするが、遥香はそれを遮るように首を横に振った。
「私は、変なんかじゃありません。変なのはお義母さんです。勝手に家にあがって、部屋のなかを引っ搔き回して。私は、お義母さんがいつ来るかわからないから、いっつも気を張っていなければいけないし……」
今まで抱えていた不満が、次々と口をつく。
「そんな……。家族じゃないの。全部、あなたたちの幸せを思ってしていることよ。迷惑をかけるようなこと、してないでしょう?」

遥香が、視線をキッと鋭くする。
「したじゃないですか」
麗華は何のことかと、首をかしげる。
「捨てたでしょう?私のブレスレット……」
遥香が、蟠りの発端ともなった事象を切り出し、問い詰めようとしたところで、建宏が割って入った。
「遥香、違うんだ」
2人が建宏に視線を向ける。

「それは、母さんじゃないんだ。ブレスレットを捨てたのは、俺なんだ……」
建宏は観念したように、事実を話し始めた。